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<<   作成日時 : 2009/05/17 00:38   >>

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今年のGWは5/3に兄を亡くし、火葬場が混雑していたこともあり、お通夜5/7、葬儀が5/8となってしまいました。 
親族にとってはずっとお通夜のような日々を過ごしておりました。

4/28に入院したとの知らせを聴いたので、GW休みに入ったら交通混雑を避け深夜に車を走らせお見舞いに行く予定でいました。 
ところが5/3夕方に亡くなったとの連絡が届きそんなに悪かったのかと離れて住んでいる私はビックリ! 享年68歳と早過ぎる生涯でした。
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■奇跡は起こらず
以前もお話しましたが、
2007/12/18【日々凛!ダイジェスト】
2008/2/29【立山連峰】
2008/8/24【ダイジェスト(ご無沙汰しております)】
当初余命三ヶ月と宣告されていたのですが、一年半後にとうとうその日がやって来てしまいました。
闘病経緯(通院)で本人は多くを語らず、ただひたすら農作業に精を出し普通の生活を送っていたもよう。
近年農作業は機械化されているので体力が衰え歩行がおぼつかなくてもトラクターの運転席に乗ってしまえば問題なし!と4/28の朝まで農作業を行っていたとのこと。 
元来何でも機用にこなし丁寧な仕事をする人でした。 家の前の畑では野菜類も栽培しているのですが、えんどう豆の蔦が絡まる竹垣が綺麗に建てられていたこと。 また屋敷のいたる所に色々な種類の草花や樹木が育ててあり四季折々楽しめます。 根っからの職人(電気工事)でこんなことには無頓着な人だと私は思い込んでいたのですが、どっこい!こんなにも自然を愛でる人だったのかと今更ながら感心・認識した次第です。
今度入院することになればもうダメだろうと自覚、死期を悟っていたのか?、ぎりぎりまで痛みや不調を我慢して頑張っていたもよう。 そして一週間も経ず逝ってしまいました。
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兄貴の長男が喪主を勤めた訳ですが、お通夜&葬儀の際、弔問客へのお礼と挨拶で
『一年半の辛い闘病生活でも家族や周りに心配を掛けないよう平静を装い何か男の生き様を観たように思います。』と語っていたのが印象に残ります。
4人兄弟の(女・男:戦前、女・男:戦後)1人が欠けてしまい寂しいです。

■おまけ
兄貴が中学生、そして私が未だ小学校就学前ではないかと思われるセピア色の兄弟3人の写真です。
もう一人一番上に姉がいます。
日本中何も無かった貧しい時代でした。
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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
驚きました。
正直、どんなコメントを入れたら良いのか、判断がつきません。
どうかお気落としの無い様に、早くいつもの自分に戻って下さる様に。
お兄さんも、きっとそれを望んでいる筈ですから。
すていしょん
2009/05/17 22:44
まずはお兄様のご冥福をお祈りいたします。
息子さんにあんな風に言ってもらえるなんて、父親としても男性としても本当に素晴らしい方だったのでしょうね。
ご家族もご親族の方もお辛いでしょうが、どうか一日も早くお元気になられますように。
Noah
2009/05/18 06:34
☆すていしょんさん
コメントし辛いネタで申し訳ございません。
私は18才で故郷を離れ当然その後の方が長い訳で、年に1,2度位しか親(母)・兄弟に会ってませんから亡くなった実感はさほどありません。 同居していた家族や近隣に住んでいる姉達は当分寂しい思いでいることでしょう・・・
そうですね(故人の望み)。有難うございます。

☆Noahさん
ありがとうございます。 兄貴の娘や息子の子ども達(孫5人)からの感謝&お別れのお手紙や折り紙を抱いて旅立ちました。
不謹慎な云い方かも知れませんが大勢の人達から"惜しまれる"幕引きって鮮烈な印象を与えますネ。
新聞の死亡欄で知り弔問に駆けつけられた方々もいらっしゃいました。家族も知らない故人が歩んできた足跡の広さ/深さを垣間見た気がします。
e自由人
2009/05/18 19:24
以前、ブログで書かれていたお兄様ですよね。ビックリしました!ご冥福、心よりお祈り致します。
それにしても早すぎる年齢で惜しい方を亡くされて、お兄さんのご家族を始め、皆様にお疲れが出ません様に!息子さんのご挨拶には私もNoahさんと同感です。余命を精一杯生き抜かれたことは偉業だと敬服する思いです。
らっこ
2009/05/19 18:46
久しぶりにブログを訪問したら悲しい記事でした。
お兄様のご冥福を心からお祈りいたします。
おまけの写真、お互いにこんな時代がありましたね。貴兄にとってはとりわけ思い出深い写真でしょうね。
最後の別れは誰にも訪れるものですが、生きている人の心に何が残る別れとなるか、身につまされます。
ご家族、ご親族の皆様の一日も早い日常が戻りますよう、陰ながらお祈りします。
茜雲
2009/05/19 19:53
☆らっこさん
一時はあまりにも元気なので奇跡的な回復を遂げるのではないか?と思っておりましたが押寄せる病魔には勝てなかったようです。 身体がガッチリしており大きな背中の人でしたが最後は痩せ細り身軽になって旅立って逝きました。 どうも有難うございます。

☆茜雲さん
重い話題で申し訳ございません。ご弔意ありがとうございます。 昔はカメラを持っている人も少なく私が子どもの頃の写真って2,3枚あるだけですよ。なんか貧民国の浮浪児みたいな格好で(爆!)野原を駆け回って遊んでいたようです。 私ら兄弟も昭和を我武者羅に働き、現在人並みの豊かさで家族を守っています(笑)。物質的な豊かさ何よりも健康が一番ですネ。
e自由人
2009/05/20 17:27

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